Copyright(c)2006-2019 tandokorofactory, All rights reserved.

メモ的な内容でも書いてみようかと
5月10日金曜日
娘発熱につき、自分のことや生活費を稼ぐ仕事のことがままならずすごしてきましたが、絵に関するお仕事等々の期日が迫ってきていていろいろ頭を切り替える必要が出てきた次第。
実験も進めつつあります。
私はあの素材で制作するのがわりとすきなのに作品に反映させなかったのはなぜだろう。堅牢さとかそういうところ、何年持たせることとかを念頭において制作するということは、あくまでお客様ありきの目線であってその必要性を持つほどに売買対象として自作をとらえていたのか、あるいは、というよりは、自覚しているけど、先人の先生方(これでいうと佐賀美協とかになる)のお話しをまるっとうのみにしていただけな気もする。
​アーティストとして自立するためには、販売してそれのメンテナンスに対応できうる形であるべきであること、大事だけど、そればかり言っていたら、元も子もない気がしてきた。社会に反旗を翻すわけではないけど、好きな素材で好きな作品づくり。これはいいかもしれん。
5月26日日曜
美術館に生徒を連れて絵を見に行ってきた。二紀展の巡回展。多くの友人知人が出していて、同僚も出品されていたので、ぜひ生徒も、と言われたことがそもそものきっかけだった。
言われてなければ連れて行かなかっただろうなと思う。
結果から言うととてもよかった。
​私の思い込みで、彼らから良い機会を奪うことになった可能性があることを恥じておきたい。
​部活とはいえ、連れてこられた感が強いのでは、と私は前もって危惧していた。あまり絵を描かないので、興味が無いのだろうと思っていたし、今思えば高校生らしい無反応だったのだろうが、それを関心が薄いのだと勘違いしていたのだった。
会場で、生徒たちが一点一点を見入る姿は、感動ものだった。
こんなにひとつひとつを熱心に見上げて、そのストーリーを想像し、技法に頭をひねっていた。
もう40にもなれば、この技法はあれ、これはそれ、うんうんそういう画題描きたいよね、とかうがった視点を持ちがちだが、素直に画面と向き合い吸収しているさまは、見ていてとても心地が良かった。きもがられるに違いないがとても感動した。
私は美術教育のはしくれの人材ではあるが、こういう初めての感動を、もっと提供すべきではないか、そう考えた。
生み出すものがなにもない作品をつくることについて、私は少しばかり恐怖をもっていた。
役立たずとののしられるのではないかと。
だから、生徒たちには役に立つもの、能力差が出にくく、使えるものをつくるような授業を組み立てていた。しかしながら、もっと、役には立たないが、心に残る作品を見たり聞いたり作ったりする機会を提供すべきではないかと思ったし、
​これから私は、わあっていうかんたんふがでてくるような作品をつくれるように心がけたいと思った。

なんでもないページなのでいろいろ遊んでいます。

​この画像もこのサイトのフリーのもののようで、使ってみました。

谷所製作所​
tandokoro factory
setoguchi akiko web site